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東京地方裁判所 平成8年(ワ)18537号 判決 1997年6月17日

《住所省略》

原告

久保田一三

東京都千代田区霞が関1丁目4番2号

被告

日本住宅金融株式会社

右代表者代表清算人

上野正彦

右訴訟代理人弁護士

元木祐司

上野保

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

平成8年6月27日開催の被告(以下「被告会社」という。)第25期定時株主総会(以下「本件総会」という。)における,被告会社の営業の全部を譲渡する旨の決議及び被告会社を解散する旨の決議の取消並びに解散及び清算人の報酬を定める新設定款の条項の削除をせよ。

第二事案の概要

いわゆる住宅金融専門会社(以下「住専」という。)である被告会社は,株主総会において,住専の破綻処理に関する閣議決定(平成7年12月19日閣議決定「住専処理問題の具体的な処理方策について」,以下「住専処理スキーム」という。)に基づき,債権処理会社に営業の全部を譲渡する旨の決議及び営業譲渡契約の締結日をもって解散する等の事項を定める定款変更決議をなしたが,これに対し,被告会社の株主である原告は,(1)被告会社の母体銀行が商法247条1項3号に規定する特別利害関係人に該当し,(2)右母体銀行の議決権行使により著しく不当な右各決議がなされたとして,右各決議の取消を求めた。なお,原告の請求にいう「新設定款の削除」とは,定款変更決議の取消をいうものと解する。

一  前提事実

1  当事者(争いのない事実)

(一) 被告会社は,不動産及び不動産に関する権利又は有価証券を担保とする金銭貸付並びにその他の金銭貸付等を目的とする株式会社であり,住専である。

(二) 原告は,被告会社の株式を,平成8年4月2日に15万株,同月5日に100万株,本件総会の後である同年8月2日から同年9月4日までの間4回にわたり合計885万株を譲り受け(総合計1000万株),同年8月30日から同年9月9日までの間に右全株式につき名義書換を受けた。

2  母体行からの借入金等(争いのない事実)

株式会社三和銀行,株式会社さくら銀行,東洋信託銀行株式会社,三井信託銀行株式会社,株式会社北海道拓殖銀行,株式会社あさひ銀行,株式会社大和銀行,株式会社横浜銀行及び株式会社千葉銀行(以下この9行を合わせて「母体行」という。)の同年3月31日現在における被告会社の株式の持株比率は,それぞれ,4.99パーセント,4.99パーセント,3.09パーセント,3.09パーセント,3.08パーセント,3.08パーセント,3.08パーセント,2.62パーセント及び2.62パーセントであった。また,同日現在における被告会社の母体行からの借入金残高の総額は約8240億円,農林系金融機関(以下「農林系」という。)からの借入金残高の総額は約8920億円であった。

3  被告会社の経営破綻等(甲4,弁論の全趣旨)

(一) 被告会社は,いわゆるバブル経済の崩壊に伴い経営が悪化して,平成4年3月期には当期損失を計上し,平成5年以降,母体行等による金利減免等の支援を受けて再建を図ったものの果たせず,結局独力での再建が困難な状況となり,平成8年3月,再建を断念するに至った。同月31日現在,貸借対照表上,被告会社の資産約1兆1728億円に対し負債は約2兆3224億円,損益計算書上の当期未処理損失は約1兆2279億円であった。

(二) 他方,政府は,平成7年12月,同じく経営危機に陥っていた他の住専6社と合わせ,不良債権の処理を目的として,住専処理スキームにつき閣議決定をなし,特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法(以下「住専処理法」という。)案を国会に提出し,本件総会当時は,その審議中であった。

4  本件株主総会決議(争いのない事実,甲4)

本件総会において,要旨次の議案につき,これを承認する旨の決議(以下「本件各決議」という。)がなされたが,その際,母体行は右各決議につき賛成する旨の議決権の行使をなした。

(一) 営業の全部譲渡の件

平成9年3月31日までに,住専処理法に基づき設立される債権処理会社との間で,被告会社の営業の全部(借入金債務等は除く。)を譲渡する旨の契約(以下「本件営業譲渡契約」という。)を締結し,具体的な譲渡日は,債権処理会社との協議により定める。(以下「本件営業譲渡決議」という。)

(二) 定款一部変更の件

被告会社の定款に,次の条項を設ける。

(1) 被告会社は,被告会社の営業の全部につき,これを譲渡する旨の契約を平成9年3月31日までに締結した場合,その契約締結日をもって解散する。

(以下この部分を「本件解散決議」という。)

(2) 清算人の報酬額は,月額400万円以内とする。

二  争点

(原告)

1 本件各決議に係る母体行の特別の利害関係について

(一) 母体行は,被告会社と経済的利益が一致するからこそ,被告会社の破綻によって貸付金の回収ができなくなるにもかかわらず,本件各決議によって被告会社を解散させることとした。被告会社の農林系からの借入金は,平成8年3月31日時点で,母体行からの借入金を上回っており(前提事実2),農林系からの借入金については,被告会社が存続すれば,新たな金利支払い債務が発生するものであったところ,農林系にとっては,内部留保が極端に少ない等の諸事情から,被告会社に対する債権放棄や金利減免要請等に応じられない事情があったために,被告会社と母体行としては,双方にとって,被告会社の解散が,経済的に最も有利であった。

(二) 被告会社の解散を進める方法に関しても,被告会社と母体行には,利害関係の一致があった。被告会社解散の方法としての破産及び特別清算は,裁判所の影響力が非常に強く及び,母体行の貸手としての責任を追及される可能性をもった手続であるため,母体行としては,この手続を避けたいと考え,他方,破産や特別清算以外の法的清算手続又は私的整理については,母体行にとって農林系からの借入分についての肩代り返済を迫られる状況にあった。

(三) 以上のとおり,本件各決議によって,母体行にとっては農林系からの借入金に対する肩代り返済の必要性がなくなり,被告会社にとっては新規の支払金利の発生が停止され,双方にとって会社解散にともなう裁判所の強い影響力を回避することができたから,母体行と被告会社とは経済的その他の利害関係が一致していたことが明白であり,母体行は商法247条1項3号にいう特別の利害関係を有する株主に当たる。

2 本件各決議の不当性について

株主総会決議取消訴訟によって守られるべき株主としての正当な利益とは,共益権を行使する権利と自益権を享受する権利であり,これらを奪い去ることになる決議は,著しく不当な決議というべきである。

本件各決議は,被告会社の営業の全部の譲渡及び解散をなすというものであり,少数株主が最低限守られなければならない株主としての正当な権利を奪うものである。

3 被告会社は,母体行が被告会社に対する債権の全額放棄によって責任を全うした旨主張するが,母体行には被告会社に対するさらなる支援についての法的義務がないとはいえ,母体行が被告会社に及ぼしてきた影響力(例えば,本件総会直前の被告会社の役員12名中11名が母体行出身者である。)及び他社における営業継続のための全面的支援の実例(農林中央金庫の協同住宅ローン株式会社に対する支援及び各証券会社の系列ノンバンクに対する支援)に鑑みても,母体行による支援の不十分さはぬぐい去ることができない。

(被告会社)

1 原告の主張1について

(一) 商法247条1項3号にいう特別の利害関係とは,当該株主総会に基づいて会社と当該株主との間に特に利害を生ぜしめる関係にあることをいい,また,同項により取消されうる株主総会決議は,株主間の平等を害する可能性のある内容のものであることを要すると解すべきである。

本件営業譲渡決議における特別利害関係人とは,営業の譲受人であると解され,本件解散決議も,被告会社の全株主に対して平等に効果を及ぼすものであるから,母体行は右各決議に係る特別利害関係人には該当しない。

(二) また,母体行は,被告会社がいずれの法的清算手続をとろうとも,その債務を肩代わりするために支援をなすべき法律上の義務はないから,母体行が被告会社の借入金の肩代わりをする必要性がなくなるとの原告の主張は,失当である。

母体行は,住専処理スキームに基づいて被告会社に対する債権の全額放棄を予定していたのであるから(実際にもその実行により責任を全うしたといえる。),被告会社の解散により利益を得る関係にはあったとはいえない。そして,被告会社の解散にあたっては,債務超過にならないことが被告会社及びその債権者にとって望ましい状態であるから,被告会社がこれを回避しようとすることは当然である。本件総会当時,被告会社は,住専処理スキームに基づく母体行その他の債権者からの債権放棄により,債務超過を免れることができる見通しがついていた以上,通常清算の手続を行うことには何ら問題がなく,これが母体行の利益のためになされたとはいえない。

(三) 母体行が被告会社清算人の報酬に関する決議につき特別の利害関係を有しないことはいうまでもない。

2 原告の主張2について

(一) 商法247条1項3号にいう著しく不当な決議に該当するか否かについても,株主平等の原則に反するか否かという観点から判断すべきであり,本件各決議が右原則に反しないことは既に述べたところから明らかである。

(二) 実質的にみても,平成8年3月期において多額の債務超過に陥っていた被告会社が,住専処理スキームを念頭に置いた法的清算の方法を選択することは,被告会社の債務超過を回避し,顧客である正常債権の債務者の被る迷惑を少なくし,清算に際しての混乱を避けるための唯一の方法であり,また,株主への残余財産の分配が期待し得ない被告会社の資産状況を前提とすれば,株主にとっても最も利益となる清算方法であったというべきである。

第三判断

一  商法247条1項3号にいう「特別ノ利害関係」とは,当該株主総会決議の内容について,株主としての資格を離れた個人的な利害関係(利益又は不利益を受ける関係)を有することをいうと解される。

そこで検討すると,決議内容自体に即してみれば,本件営業譲渡決議は,債権処理会社に対して営業譲渡をなすというものであり(前提事実4(一)),母体行は,本件営業譲渡契約の締結及びその契約の内容によって,株主としての地位を離れた利益又は不利益を受ける関係にあったとは直ちにいい難い。また,本件解散決議も,本件営業譲渡契約の締結日をもって解散するというものであり(前提事実4(二)),被告会社が営業譲渡により営業用財産を欠くに至った場合にこれを解散することについて,母体行が株主としての地位を離れた利害関係を有していたとも直ちには認め難い。さらに,本件各決議によって,被告会社の処理につき再建ではなく通常清算の方法を選択したことになる点に関しても,本件総会当時の被告会社の資産及び経営の状況(前提事実3(一))に照らし,かつ,母体行が被告会社の再建のために融資等の支援をなすべき法的義務を負うとはいえないことからすると,通常清算の手続を選択することによって,母体行が株主としての地位を離れた利益を受ける関係にあったと認めるのは困難である。そして,被告会社の清算人の報酬を定める決議に関しては,被告会社が清算人に報酬を支払うことについて母体行が株主としての地位を離れた利益又は不利益を受ける関係にあるということができないことは明らかである。

なお,原告は,被告会社と母体行との利害関係が一致することを前提として主張をするが,利害関係の有無は,特定の株主と決議内容との関係についてみるべきであって,会社と特定の株主との利害関係が一致していることから直ちに特別の利害関係があるとはいえないことは明らかである。

二  そして,原告の主張2に関しては,前述の本件総会当時の被告会社の経営及び資産の状況並びに母体行が被告会社に対して支援をなすべき法的義務を有しないことに照らせば,他社に営業の全部譲渡をすること及び営業用財産を欠くに至った会社を解散する旨定めることが著しく不当であるとはいえないし,本件各決議によって再建ではなく法的清算を選択したことについても,直ちに不当ということは困難である。また,破産及び特別清算は,通常清算に比して裁判所による監督がより強く及ぶ手続であるとはいえるものの,右のいずれの法的清算手続によっても,前提事実3(一)の事情に照らせば,被告会社の株主は残余財産分配請求権を有するとはいえず,したがって通常清算を選択したとしてもその経済的地位に特に差等が生じるとはいえないから,母体行以外の株主の利益が害され,本件各決議が不当なものであると認めることは困難である。さらに,本件において,通常清算の方法によったことで,被告会社ないしは,被告会社の財産から弁済を受けるべき,母体行以外の債権者が不当な不利益を受けることを認めるに足りる証拠もない。また,清算人の報酬について定めることをもって不当といえないことも明白である。

三  以上のとおり,本件各決議が商法247条1項3号に該当すると認めることはできず,外にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

よって,原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 長谷部幸弥)

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